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犬の起源ーナショジオから

前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 .2 | 投稿日時 2009-3-11 20:46
今朝、またナショジオで犬の話をしてました。
犬の起源として、今も現存するディンゴ、カナインドッグ、シンギングドッグを通じて、人と交流し始めの頃を想像するって内容でした。

一旦、人との共同生活を始めた犬の祖先が、また野生に戻ったとされる3種の犬は、純粋なものがなくなりつつあるとのことです。

犬たちとの交配で雑種が増えているとのことでした。
犬の行動学者が自分たちが犬を飼い、交配させて、かろうじて純潔を守っているという内容でした。

人が犬を飼い始めたのではなく、人の残り物を狙ってきたオオカミが側に居着いたとの考え方です。
その時のオオカミ(犬の祖先)は、人と仲良くなろうとした訳ではなく、つかず離れず側にいたとされています。

人が犬と暮らすことを選んだのではなく、犬が人と暮らすことを選んだという考え方です。


私もそう思います。

犬の祖先は、自分の生活を変えたいと人の側に近寄っていたのかも知れません。

なにより問題なんじゃないの?と思ったのは、シンギングドッグを繁殖させようとしていた科学者は、ブリーダーに任せていました。

このブリーダーは、その犬ショーに出そうとしていました。
それも珍しい種類の犬のコンテストです。


えーっ、そんなんでいいの?
なんか違う気がするんだけど・・・。


そういえば、昔、アメリカから来た行動学者が自分のところでシンギングドッグを飼っているって自慢してたなぁ。


なんだか犬たちのためって言ってるけど、どーしても私は彼らが研究対象として犬を見ている気がしてなりませんでした。
もちろん、絶滅させてしまってはお手上げですが、どうも犬のためって感じないのです。


なんかべったりするのが犬との関係みたいに持っている人が多い中で、ちょっと距離を置いた関係作りもアリだなって思いました。
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-12 17:28
ご無沙汰しております。
確定申告も終わり、ほっと一息です
 
 
『つかず離れず』
ほんと、おっしゃるとおりですね。
 
言葉も通じない異種の生物と、ずーっと一緒に暮らしてゆくには、
本質を理解し合って、ほど良い距離感を保つことも必要かもしれませんね
 
同種の生物で、理性もあって、「命の日の続く限り」って誓い合っても、
共同生活を15年、20年と維持するのは、必ずしも容易ではないのですからね〜
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-13 9:57
NAOさん


お久しぶりです!

そうですね、確定申告って大変ですもんね。


私は、頼んでしてもらっているのでレシートを月ごとにまとめる作業しかしてませんけど。

ただひたすら還付金を待っている身です。


距離感って本当に大切だと思います。
近頃、コンパニオンアニマルだとか、家族の1員だとか言われるようになって、接近することが良いことのように思われてきています。


でも、擬人化する人が多くて、犬は迷惑していると思います。
番犬扱いしていたのも人間、人間と同じだって家族として扱うようになったのも人間の勝手な思いからですからね。


犬にしたらエライ迷惑だったかも知れません。
人間だけがいいことをしたように思っているのかも知れません。


近頃の指導者の傾向を見ても、犬のことばかりで飼い主のことなど興味も持っていない人が多いように思えます。

犬のことに関する知識をどれだけ高いレベルで持っていても、それを誰でもが活用できるようなものにしなければ、なんの役にも立たないのに、やたら外国からのおエライ先生のお話を聞いたことを自慢する人も多いように思います。

高額のセミナー料を払って、遠くまで聞きに行っても生徒さんたちに還元できる力を持っていない指導者と自称する人たちは、自分がただのオタッキーだと自覚できていないのです。

頭が固いから既成概念を越えたものを目の当たりにすると、批判し、攻撃するしか方法がないのだと思います。


犬の起源に対しては、研究する学者さんの意見も考え方も異なり、それぞれの主張が私には面白いと思うのですが、「それがなんなの?飼い主にどう役に立つの?自分の自己満足のための研究じゃないの?」と懐疑的になるばかりです。

立派な先生のお話の中に今の自分が必要とする情報が入っているのかが重要なのですが,昔と違って、今は、私にとって不必要な情報が多いように思えてなりません。

それよりも、日本で活躍している仲間の声の方が数倍役に立つのにって思う今日この頃です。


そんな私ですから、みなさんにぺぴぃさんが開催するD−1の参加をお願いしています。

NAOさんもドッグヨガを広めるために発表して下さいな。


共同生活うんぬんに関しては、経験がないのでコメントは控えさせていただきまーす。
ただ、一緒に暮らしたいと思った犬はいますが、男はいません。
これが負け犬である理由なんでしょうか?


第一、なんで結婚しなかったら負け犬になるのかも理解できません。
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-16 21:10
先生、すっかりご無沙汰しております。

こちらにはたまに一瞬だけ見に来ている事もあったのですが、なかなか書き込みをする余裕は持てませんでした。

>なんだか犬たちのためって言ってるけど、どーしても私は彼らが研究対象として犬を見ている気がしてなりませんでした。

逆に私は研究者の立場に近いので先生の意見を読んで「そうか、そう思う人もいるんだなぁ。」って思いました。

私達にとってはごく普通「研究対象としてみていますけど、それが何か変でしょうか?」といった感じなのです。

実験で動物を扱う人は扱っている動物に特有の愛情はありますが、ペットに感じる愛情とは全く異質なものだと感じています。
家族愛とか、心の繋がりとかは全く有りません。
言い方は残酷かもしれませんが、情報を得るための道具の一つです。
少なくとも私は道具を扱う時には個体に対して感情は入れません。感情は間違った推測や判断に繋がる可能性が有りますので。

実験動物として生まれてきた命を自分の主観で無駄には出来ない、ちゃんと客観的に扱って最大限の情報を得てあげる事が大切だと思っています。それが実験動物への最大の愛情であり敬意だと思っています。

ブリーダーに繁殖させているのも、何か理由が有るのかもしれません。例えば経済面でやむを得ずとか。この手の研究はお金になりませんから、経済的に裕福だとは思えませんので。

そんな行動学者の人達の見ている一般的に見てマニアックな点、私は大好きで、ものすごく面白いです。セミナーもどちらかといえばそちらの話の方が好きかも。出来るならやってみたいな、と思わせる研究内容も沢山あります。
一見実生活で役立たなさそうな断片的情報が後々積み重なって愛犬家まで還元されてくるので、暖かい目で見てあげて下さい。

私が気になったのは、シンギングドッグだって家畜化されたら違った行動とか出てこないのかしら?と思いました。
研究テーマによっては昔小学校の裏山に居た超雑種の野良軍団の方がいい情報持ってるかもよ・・・って思ってしまったりして(笑)
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-17 10:33
凪あねご さん


おお、本当にお久しぶりですね。
元気にしておられるのでしょうか?

噂で新しいワンコでも迎えたのだろうか?とありましたが、どんなんでしょう?


確かに、凪ママは研究者だもんね。
研究者の心を理解することができるし、おっしゃることはわかるんだけど、なんかキレイ事が前に出てて、研修対象ってことや、それに通常のペットに対する愛情など研究対象に持ってはいけないってことを前面に出してくれなければ、間違った情報として観ている人に伝わるんじゃないかと思いました。


近頃、トレーニングを教えていて一番に感じるのは、テクニックや理論が先行してないか?ということです。

肝心なのは飼い主の心の有り方のように思えてなりません。

理論上は、そうでも飼い主の心理的に学者のような割り切った考え方などできないんじゃないかって思うことが多いですね。

学者の目線と飼い主の目線は必ずしも同じではないってことがどれだけトレーニングに影響するのかを私は研究したいと思っています。


おエライ先生のレベルの高いお話よりも、飼い主の生の声の方がよっぽど指導者には重要だということに、いったいどれだけの人が気付いているのだろかって思っちゃうね。


また、時間ができたら顔を見せて下さいまし〜。
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-17 21:35
>噂で新しいワンコでも迎えたのだろうか?

いえいえ、まだ迎えていませんよー。今はまだ他人の犬を可愛がって過しています。

>近頃、トレーニングを教えていて一番に感じるのは、テクニックや理論が先行してないか?ということです。

これに関しては私はよく分かりませんが、研究者の研究成果は一般の人達にとって「へー、そうなんだー」程度でも構わない話が大半だと思います。研究者は自分の研究に没頭させてもらえる事と、見つけた事を聞いてもらえればハッピーになれる人種ですから。

>肝心なのは飼い主の心の有り方のように思えてなりません。理論上は、そうでも飼い主の心理的に学者のような割り切った考え方などできないんじゃないかって思うことが多いですね。

その通りだと思います。実際にトレーニングの現場では飼い主の心持ちが大事だと思いますので。
犬と共に暮らすと言っても、かたや研究所で多数の動物をしてほとんど接点を持たずに飼育している状態。
もう一方は家庭で絆を作って多くの時間を共に過している状態は全く違いますしね。

>学者の目線と飼い主の目線は必ずしも同じではないってことがどれだけトレーニングに影響するのかを私は研究したいと思っています。

そうですね、そして飼い主目線の長所と短所を沢山見つけて本にするのも良いのではないでしょうか。
きっと普通に犬を愛する人達の役に立つと思います。そして、そういう目線で一緒に支えてくれるトレーナーが沢山居れば、もし問題にぶつかっても幸せになる家族が沢山増えるのだと思います。
最近私の周りで訓練士にやる気も自信も奪われた人達が居たので、ぜひぜひ研究のほどを御願いします。
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿なし | 投稿日時 2009-3-18 21:06 | 最終変更
凪あねごさん


今日は、会えて嬉しかったよ。
元気そうでよかった。


いつかナギちゃんの代わりにナギママを悩ませるワンコと出会えることを祈っています。

パワフルで真っ直ぐなナギママのような人が飼い主仲間として、そして今回の話のように研究者という立場で意見を聞かせてくれることはとてもたくさんの人にとって為になることだと思います。


前にも書いたことがあったと思うけど、指導者の中には、研究者の話を聞いたら、自分は物知りって思ってしまう人が多いように思います。

確かに研究者の話を聞くことは、とても参考になります。


でも、それがどれだけ生かされるのかってことの方が、指導者という立場では重要のです。

誰の話をどれだけ聞いたかではなく、誰かの話から指導の方法の何かを見つけることができたということを思いつけるかなのです。


ましてや、飼い主のやる気や自信を奪うようなことをすることを指導とは言わない。

飼い主がどんな間違いをおかしても、それを責めたりする権利が指導者にある訳ではない。

でも、自称インストラクターや訓練士が巷にはあふれているのです。


先日も「資格など、特定の団体が勝手に出したものじゃないですか!それがその人のレベルを現すものではないでしょう。」とおっしゃる犬の総合ビルのオーナーとお話してきました。


確かに、その通りです。

お金を払って、ライセンスを買っているような人もありますし、それを狙ってライセンスを売っている団体もあります。

とても指導のできるトレーニングレベルにない人や、他人を指導する勉強もしていない人が堂々とプロインストラクターだ、プロトレーナーだと言っているのですから。


でも、そんな人を責める前に、自分や自分の犬を理解できないようなお粗末な指導者を選んだ自分をまず反省して欲しいと思います。

イマドキ、たくさんのしつけ教室や訓練所があるのですから、納得できなければ他をあたるくらいの努力をはかるべきだと思います。

お友達の良き相談者になってあげて、良き指導者をどう見分けるのかを教えてあげて下さいね。
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿.1 | 投稿日時 2009-3-19 10:41
私の高校や大学時代の友人はほとんど独身で、みんなバリバリ働いてますので、「負け組」って感じはしないですねぇ
赤の他人と共同生活を維持することは、人間観察&研究の助けにはなりますけどね
 
「犬を擬人化しない」「飼い主さんに興味を持つ」
まさに私も、ドッグヨガを通じて、取り組もうとしていることです
犬を抱っこしてヨガをするのに、なぜか犬との距離が開くというか、正常化するような気がするんですよ。
まだ1年なので、実践を重ねて、理論化して行くのが、今後の課題です。
 
 
いろんな指導者がおられるという話、私は「生徒側の準備ができたときに、師は現れる」と考えています。
耳障りの良いことばかり言う指導者、安易な対処法しか教えてくれない指導者・・
でも、その人を選んでしまうのは、飼い主さん自身にも問題があるのではないかと。
 
実は、さくらがお世話になったトレーナーさんは、笠木先生で4人目、
さらに、笠木先生のことは、かなり以前から存じ上げているんです。
でも、そのときは、なぜか笠木先生とはご縁がなくて。
もしかすると遠回りになったかもしれないけれど、この遠回りが私には必要だったのだと感じています。
 
飼い主さん側の準備ができたとき、笠木先生に出会えるよう、ホームページはぜひぜひ続けてくださいね
前の投稿 : 次の投稿 | 親投稿 : 子投稿なし | 投稿日時 2009-3-20 13:01 | 最終変更
NAOさん


未婚者をそんな風に擁護して下さる方が私の周りには既婚者で少ないので嬉しい限りです。

家族にさえ、時々、欠陥人間のように言われることに慣れてきている自分が「負け」を認めているのかも知れません。

私は「結婚できない」のではなく、「結婚しない」のですから。

愛犬ネイト以上に私を安心させてくれ、支えてくれた人物に出会えていないのが事実かも知れません。



生きている間に出会うスピリットパートナーが実はネイトだったのかなぁと思うばかりです。
生きている間に1度だけって限らないそうなので、ネイトが天国に逝って、また生まれ変わって出会えるのを待つしかなさそうです。


指導者に関してのお話は、さすがNAOさん、また違う目線で見られているのですね。


ドッグヨガであっても、しつけ教室であっても、獣医科病院であっても飼い主さんと愛犬とのペアと向き合うのは同じように思います。

飼い主さんと、どのような関係を構築するかを考える獣医さんも、しつけ教室の先生も少ないように思えます。


診察も一方的な獣医師のペースで進められることが多いですし、しつけ教室もインストラクターの独壇場のスケジュールに無理やりに生徒さんが乗せられるケースがほとんど(生徒に合わせるスケジュールなどインストラクターの養成では習いもしませんでしたから)、それも自分が養成時代に習ったままを使っている人も多くいます。


それは、教えている先生の考えの元に作られたスケジュールであって、自分のものではないのに、あたかもそれが一番のように思うことがまず指導者としては適性に欠けていると私は思うのですがね。


だから安易にインストラクターになりたいって言う人が増えているようにも思えます。

プロになるって容易なことではありません。
色々なことを勉強し、自分の実力を蓄え、発揮できる能力が必要です。
そして何よりも他人を助ける気持ちを持っていなければなりません。


自分のエゴで教えられたら他人はえらい迷惑ですから。


そんな現実の中で、自分を心から支えて、伸ばしてくれる指導者と出会えることは本当に運命のようなものが関わっているのかも知れません。

私自身もテリー先生という素晴らしい先生と出会えたからこそ、今の自分があります。


十数年前に、友人の訓練士がJAHAの主催するテリー先生のセミナーに誘ってくれなければ出会っていなかったかも知れません。

テリー先生を軸にして知り合った仲間たちも良いことも悪いことも含めて自分に色々と教えてくれた人たちです。


全てが今の自分を作るために作用してくれていたのだと思います。
だから、いろいろな指導者と関わることも重要ではないかと思います。
ひなたがあるから、影が見えるように、自分にとって良い人や悪い人を知るには、どちらにも出会っていなければならないって思います。


私もNAOさんと出会えたことを感謝しています。
そして、私にいろいろな情報を下さることをとても大切なことだと思っています。

私は実際にNAOさんのドッグヨガを見せていただいたり、参加させていただいた経験がないので意見を言える立場にないのですが、少なくとも飼い主としてのNAOさんは素晴らしい方だと知っていますから、その人が指導するものは間違いはないと確信しています。


「生徒側の準備ができた時に、師は現れる」というのは、いい言葉ですね。


私は自分の求めるものがハッキリした時、自分の実力が備わった時に、必要なものを持った指導者を認識することができるのだと思いました。


ただ,問題は何か違うと思っても日本人らしい考え方で新しい領域に踏み込むことをためらう傾向の人が多いことだと思います。


NAOさんのように信念が必要なのかも知れませんね。

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