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(Update:2007-11-26 19:36:47)

我が最愛のパートナーネイトへ

我が最愛のパートナーネイトへ



2007年10月20日土曜日、私の人生の中で忘れられない悲しい日になりました。
私のパートナーとして10年以上に渡り、私を支えてくれた愛犬ネイトが、まるで眠るように静かに私の元を去りました。
9月の半ばから彼を苦しめていたてんかん発作がどんどんひどくなって、彼だけでなく私を苦しめていました。彼を診てくれていた獣医さんからは、彼を安楽死も含めて逝かせる覚悟をするように言われていました。
発作の度に悲しそうに私を見つめる彼の顔が今も忘れられません。
最期の時、まるで眠っているような安らかな顔、まだ暖かだった彼の体をなでていると、彼と過ごした日々がものすごい速さで私たちの間をすり抜けて行きました。


1996年のある日、
「1歳2ヶ月のジャーマンシェパードの男の子がいるわよ。いい子だからあなたのパートナーにしない?」
と捜索犬の師匠であるマーシャ・コーニン先生から連絡があった時、正直悩みました。
だって日本に連れてくると50万円以上の支払いが待っているのですから・・・。
でも、欲しいという想いがあまりに強く、母に借金して買うことに決めました。ネイトに会うのを楽しみにシアトルに向かう飛行機でまるで恋人に会いに行くような気持ちでドキドキしていたのを覚えています。
タコマ空港の駐車場でネイトに初めて会った時、マーシャ先生にうながされて「ネイト!」と声をかけたら、クレートから勢いよく飛び出した彼に頭突きをされて、前歯が欠け、くちびるを切って出血してしまいました。実に印象深い出会いでした。


彼とは災害救助犬のトレーニングを勉強するつもりでしたが、途中で彼の背骨に問題が見つかったため、彼の体に無理をかけてまで救助犬のトレーニングをこのまま続けるのか、それとも断念するのかについてとても悩みました。
その頃の私は、阪神淡路大震災でスイス隊の現地コーディネーターとして活動し、マーシャ先生たちに熱心に救助犬のトレーニングを教えていただいていたところでした。
日本でも救助犬の認定試験も行われていて、一緒に習っていた人たちがどんどん試験を受けている状況の中、そんな人たちを引っ張っていかないといけない立場の私が試験を受けないというので、かなりバッシングに遭いました。インストラクターとしての私の師匠であるテリー・ライアン先生にも苦しい胸のうちを相談していました。
決断できずに悩んでいる私に「救助犬が捜索活動中に死亡!」という事件のニュースが飛び込んできました。その犬のハンドラーのコメントの「犬は、人命救助のために仕事をしていたので本望だったと思います。」という言葉に
「それは違う!犬は、あなたのためにやっただけじゃないか! どうして? 仕事より自分の犬の命の方が大事なんじゃないの?」
と思い、ネイトに辛い思いをさせてまでやりたいと思うのは私のエゴだと決断し、救助犬のトレーニングから遠ざかることになりました。
私の仕事は、『飼い主に愛犬との強い絆を持ってもらえるような関係作り』や、『犬と飼い主にあったトレーニングを提案すること』だということを改めて強く自覚し、やるべきことを修正することとなりました。
それからの私は、まだ飼い主教育が全くできていなかった日本のトレーニングの世界で、犬にも飼い主にも楽しく効果的なトレーニング方法を模索しながら、指導者としての勉強をネイトに手伝ってもらいながら続けてきたのです。
『警察犬訓練士』というバックヤードを持っているというだけで、バッシングにあったり、訓練士仲間からも「飼い主教育なんてばかばかしい」と言われて、自分が孤立していると感じた時も、ネイトがいつも寄り添ってくれ、ともすればくじけそうになる私を支えてくれていました。
『ネイトとならこの問題も乗り越えられる』と、ただひたすらトレーニングや飼い主指導の方法を勉強してきました。
そんな辛い経験も、今の私を作っていると思います。でも、耐えられたのも、そしてそんな人たちからも認めてもらえたのも、ネイトがいたからだと思います。


いつの間にか、私にとってネイトは、私の代名詞のような存在になっていました。
それどころか、私の未熟なところを彼にカバーしてもらっていたのです。
ネイトの性格、訓練性能、存在感は、私を支える力だったのだと思います。
ネイトが逝ってしまってから、たくさんの方たちが私にメッセージを下さいますが、みんなネイトを心から愛してくれていることがよくわかります。
そして、私たちが関わった人たちすべてに、愛犬と飼い主の関係の理想の形を示していたのだと知りました。私に関わる人たちが私とネイトとの関係をとても熱心に観察していたのだと強く感じました。
指導者として、技術だけを教えていてはいけないのだと思っています。
自分と愛犬との接し方を通じて、『犬との関係作りの見本』を見せることが重要なのだとネイトと私を見ている生徒さんたちに教えられました。
生きとし生けるものは、必ず死にます。
ネイトとさよならを言わねばならない時が、こんなに急に訪れることを夏の時期には思いもしませんでした。
秋の気配を感じた頃に、老兵は自分の任務を終えて、静かに去っていきました。
残された私は、彼の影響力の大きさをいまさらながらに感じながらも、彼のためにも前に進む決心をしました。
彼のようにたくさんの人に愛され、尊敬される指導者を目指して、彼の後を歩むことになりました。
いつの日にか、あの世で彼に胸を張って報告ができるようにがんばって行こうと思っています。
愛犬ネイトを心から愛し、彼の死を心から悼んでくれたみなさん、
本当にありがとうございました。
彼も喜んでいると思います。
ほんの少しでいいので、彼のことを覚えておいてあげて下さい。
私、笠木の偉大なる先生ネイトに心からの愛と感謝を込めて
「大好きだったよ。ありがとう。」


笠木恵子


Many thanks.
Don't forget Nate forever.





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