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(Update:2010-1-31 19:36:50)

私にできること

今日、ある飼い主さんから「行政で殺処分される犬たちのためにできることは何かあるのでしょうか?」との質問を受けました。
私はまず、その質問を飼い主さんから受けたことに驚くと共に、飼い主さんの意識も変化しつつあるように思えました。


飼い主のモラルについてだとか、飼い主の責任についてなどの論争がある中で、熱心でご
自分の愛犬と向き合っておられる方たちは、愛犬の幸せだけでなく、犬全体の幸せを意識してくれる方も増えてきたことは、日本においても犬と人との関係に変化が現れてきたように思いました。


昔、私はあるアニメを見ました。
それは、一人の老人が荒れ果てた村の近くの山に木の実を植え続けていて、何年か後にその山に緑が戻り、村がまた活気づいていくというお話です、
老人は、誰から認めてもらえるという訳でもなく、すぐに良い結果が出た訳でもないのに、荒れ果てた山に自分の手でひとつぶずつ木の実を植えて行くのです。


「不幸な犬、不幸な飼い主を少しでもなくすため」という私の願いも同じだと思います。
まだまだ、不毛の大地に種をまいているような気持ちによくなります。
でも、なかなか効果が現れなくても、誰も気付いてくれなくても、ひたすら思い続けて行動することで変えることができると、そのアニメを見てから思うようになりました。


かわいそうな境遇の犬を保護して、ケアすることだけが動物愛護ではないと思います。
寿命をまっとうできるようにしてやるためには、飼い主が愛犬を天国に送るまで決して手放さず、楽しく暮らしてもらうことしかないと思います。


いくら「終生飼育は飼い主の責任」と言っても、決して飼い主が最後まで飼ってくれることはないと思います。
犬と暮らすことへの楽しみを見出してくれなければ、いつか手放してしまうように思うのです。

手放すことはなくても、飼育放棄になる可能性もあります。
愛犬と楽しく暮らすために、しなければならないこと、やれることを見つけてもらわねばなりません。


ひとつは、自分が愛犬と楽しく暮らしている姿を見せることだと思います。

楽しそうに生活している、もしくは暮らしているところを見ているときっと自分も同じようになれると思ってくれるはずです。

そして、何でもどんな方法でもいいから、他者にメッセージを伝えることが重要だと思います。

動物愛護精神には、アニマル・ライツ(動物の権利)とアニマル・ウエルフェア(動物の福祉)だけではないと思います。
もうひとつのアニマル・アドボカシーがとても大切です。
アドボケートは、代弁する、変わりに何かするということです。
犬のために犬の声を代弁することも動物愛護の意識なのです。

犬の理解者として、犬のことを正しく理解できない飼い主に対して、なんらかの働きかけをすることが大切なのです。

インターネットでも、口コミでも、犬友としてでもいいから、助けを求めている飼い主に手を差し伸べることだと思います。


私は、私にできることは、飼い主教育を続けて行く事だと思っています。
自分の力で愛犬にとって良いこと、必要なことを見極める力を身につけてもらえるように指導することだと思っています。

そして、その中から私の思いに共鳴してくれて、また自分の周りで同じように考えてくれる仲間を増やしてくれるようになればと思っています。


「私にできることは?」と学校で関係学を教えている時に、学生のレポートで書かれる言葉に明るい未来を期待しているのは、私だけなのでしょうか?


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