少し淋しげな顔をしながら恵さんがポツリポツリと話を始めました。
          そう、あきちゃんが天国に逝ってしまったのは、こんな春の風がここちよい日だったね。あきちゃんは、帰国子女で英語がとてもうまくて、同じ海外ツアーに参加した時に会話に困った私に助け舟を出してくれてから仲良くなったよね。

それまでは、誰もあきちゃんに近づけない雰囲気を持ってたよね。それが彼女が帰国子女でまわりからイジメに遭った後遺症だと知るまでには、ずいぶんと時間が経ってしまっていました。


そんなあきちゃんが飛びっきりの笑顔を見せるのは、愛犬サニーといる時と、サニーの話をする時でした。
あきちゃんは、トレーニングについて、とても熱心に勉強していました。きっと自分の心を救ってくれているサニーのために自分にできることをしようとしていたのだと思います。


実に熱心にトレーニングをしている中で、時々、悲しそうな顔を見せて、私に「サニーの気持ちを理解できないときがあるの?どうしてだろう?サニーは、私を救ってくれているのに、私にサニーを救えない。」と半べそをかいていたこともありました。
いつの間にか、あきちゃんは、私の妹のような存在になっていました。


そして、いろいろな犬のトレーニングセミナーやワークショップで彼女とサニーを見かけることが多くなって行きました。
「犬のことを知るのは、楽しいね。いろんなことを知れば知るほどサニーと向かい合えているって気がするの。」と彼女は、もうすっかり昔のような暗い顔をすることはなく、とても楽しそうにしていました。
それはまぎれもなく、サニーが彼女を変えたのだと思いました。
「いつか私もトレーナーになって、飼い主さんとワンコの縁結びをするのが夢よ。」と目を輝かせて語ってくれるようになっていました。
あきちゃんとサニーのことを見ていると誰もが幸せを感じることができるような、そんな幸せな日々がなくなるなんて思いもしませんでした。



そして、運命のあの日が訪れたのです。
久しぶりにあきちゃんと会えることを楽しみにしてたセミナーが終了した時に、彼女に「話がしたいから付き合ってよ。」と珍しく誘われましたが、どうしてもはずせない用事があって、「また次の機会にね!」と断ってしまいました。
まさか、これが最後の会話になるなんて思いもしませんでした。
彼女は、私と別れた後、帰宅した玄関で倒れたのです。
くも膜下出血でした。


せっかく、サニーと人生をやり直し始めたばかりだったので、もっと生きていたかったのでしょう。
彼女は集中治療室の中で1週間も生還するためにがんばり続けました。
しかし、神様は彼女を天国に戻すことをやめませんでした。
私たち、彼女の仲間の願いも、彼女自身の切なる願いもむなしく、とうとう彼女は、力尽きてしました。


私はどうやって彼女の告別式にたどり着いたか覚えていませんでした。
覚えているのは、きっと彼女が1番心配しているサニーのことを「気にしなくていいよ。」と棺の中で、まるで眠っているような彼女にささやいたことと、一人で逝くのは淋しいだろうとサニーの代わりのぬいぐるみを彼女の横にそっと入れされてもらったことだけでした。


恵さんの瞳からポロリポロリと涙がこぼれました。

「ごめんなさいね、もうずいぶん経つのに、あきちゃんのこと思い出すと切なくなってしまうの。」と恵さんが見つめているのは、年老いてしまっただけでなく、愛する飼い主をなくしてしまったせいで、すっかり元気をなくしているように見えるサニーでした。


「人と犬との絆の深さをあきちゃんとサニーに教えてもらったよ。サニーにとって飼い主は、あきちゃんだけなんだってこともわかってる。
サニーは、時々本当に遠くを見ているの。きっとあきちゃんの姿を探しているんだろうね。」とサニーの首筋を優しくなでながら恵さんも遠くを見つめていました。